(179回目) 沖縄社員旅行No.4
最終日は単独行動で、レンタカーを借りて沖縄南部を周遊。行きたかった佐喜眞美術館へ。途中、米軍のキャンプ地や宜野湾基地を走り抜ける。頭上は米軍の輸送機が頻繁に離発着。もちろん、カーナビには基地内の地図は表示されない。日本であって日本でない。「何でここ見られないんだ?」と、少しイライラした気分だ。一人でどんよりした気分をさらに自主的に沈めていくため、沖縄戦についてのスポットを回ろうと思った。佐喜眞美術館は普天間基地が沖縄に返還された用地の一部を利用して建てられた私立の美術館。「沖縄の図」という丸木位里・俊夫妻による絵画が有名で、鉄の暴風といわれた沖縄戦を陰鬱な絵画で表現している。
先般、NHKで坂の上の雲が放映されたが、日清、日露戦争以降、日本の軍隊は急激におかしな方向へ向いていったようである。そもそも、沖縄(琉球)は日本ではない。それを無理矢理日本へ属させ、創氏改名させ、日本語教育を行った。ちゅらさんやナヴィーの恋、島歌など牧歌的、なごやかな雰囲気がもっぱら日本へ伝えられている沖縄情報であるが…。
とあるバーのマスターも、「沖縄は日本の島国の縮図。他の人を寄せ付けない何かがある」とのこと。小さな島であったからこそ他の島との争いを避け、表面的な交易を行い、良くも悪くも世の流れの波にのってきた琉球の人々。そこをずけずけと日本や米国、はたまた大手資本が商業施設をたて、小さな琉球らしい市場がなくなっていく。琉球のアイデンティティとは何だろうかと考えてしまった。
美ら海水族館や新都心の商業施設など、その場しのぎの収入ではなく、長い目でみた継続性のある文化継承が今の沖縄の人々には大切に思えてならない。
話が脱線した。平和記念公園とひめゆりの塔を訪れる。ひめゆり平和祈念資料館ではなくなった200余名の遺影が掲載されている。カンボジアのキリングフィールドにも似たような、ちょっと涙がでてくるような場所だ。10代の少年少女たちは一体何を思って戦争に協力し、強制させられていたのだろうか? 寝るまもなく負傷兵が次々と運ばれて、爆撃が鳴りやまぬ中、黙々と看護を続ける少女たち。水くみや運搬、伝令も仕事で、銃弾の飛び交う中を行き来する。また病院撤退の際は、重病人など動けない人々へ毒薬を与える。友人が負傷し、動けないまま病院に放置して行かなくてはならない。最後は銃弾が目の前を飛び交う中、解散命令が言い渡され、生徒たちは自分自身で家族の元へ帰らなければならなくなります。しかも、決して敵へ降伏してはいけない、降伏するくらいなら自決せよ、と。生徒たちが陸軍病院へ動員されてから解散命令が出るまでの90日間に19名がなくなり、解散命令がでてからわずか3日で100名以上が亡くなったといいます。
何とも悲しくなる戦です。
深く歴史を考える場所、おすすめです。沖縄では一度は訪れておきたい場所です。
それにしても美ら海水族館よりはるかに来場者が少ない…。
陰鬱一直線の一人レンタカー旅でした。
(178回目) 沖縄社員旅行No.3
翌日は朝からレンタカーでスタッフ全員でナゴパイナップルパークへ。那覇から車で約1時間。海沿いを走っていると突如雲が開け、青い空が!
海に反射する太陽光が非常に美しく、思わず車を停車し、浜辺で記念撮影。
沖縄旅行中。海ではしゃぐ中年親父たち。旅行中、この時がスタッフの一番良い笑顔でした。女性陣は珊瑚や貝殻を集めるのに必死。美しい海より目の前の金貨宝石といったところでしょうか。現実的な女性、夢見がちな中年親父…。今の世情を反映しているようで面白かったです。
沖縄のパイナップルは戦後戦災の少なかった沖縄北部で収容所から解放された人々が地元へ帰り、産業としておこしたそうです。今では日本のパイナップル産地といえば沖縄となっています。一大産地の真ん中にナゴパイナップルパークがあり、閑散期というのにひっきりなしの団体バスと観光客。すべてが団体用に見学通路が設置され、大半がお土産shopになっています。流れ作業のような案内。じっくり見ているヒマがありません。
ナゴパイナップルパークではパイナップルワインも作られており、今月からここのスタッフの方が丹波ワインに研修にこられます。沖縄から丹波、寒くて風邪を引きそうですが…。昼食は近くの大家(うぶやー)という沖縄料理にお店。ここの建物、ナゴパイナップルパークの社長の生家とのこと。100年以上たった古民家。いい雰囲気です。沖縄ではなく、山間の温泉旅館にきたよう。昼食はソーキソバ、沖縄そば。沖縄のそばはそばというよりうどんなのではないかと思う。出汁も魚介類でとったものに焚いた豚肉を入れているので、薄味であるがラーメンとうどんを掛け合わせたような味だ。沖縄のどこのお店もそうだが、豚肉に命をかけていて、出汁や麺がおざなりになってしまっているようで残念だ。
この日のメインイベントは美ら海水族館。といっても女性陣だけが張り切って、男性陣は全く興味がない。大阪の海遊館のような雰囲気。おいしそうな魚を目の前にしたらは食べる気満々、飲む気満々になるが、鑑賞はお腹がすくだけ。男性スタッフは水槽の前に立ち止まることなく、そそくさと出口を探し、近くのカフェなどで一休み。私は近くの海洋文化館の中のプラネタリウムで昼寝しておりました。
しかしこの美ら海水族館。大変な来場者です。こんな那覇市内から遠いところに、かくも大勢の集客ができるのはすごいです。大きな投資の割に、中のコンテンツが子供じみていて、リピート(特に男性客)につなげることができるのだろうかと心配です。昨日の沖縄県立博物館の方がよっぽど面白かった。家族連れ、女性向けの施設なんだろうなぁ。
(177回目) 沖縄社員旅行No.2
夜は男性社スタッフと合流し、国際通り付近の第一牧志公設市場へ。この市場は戦後闇市として発展し、川沿いで湿地帯であったため、たびたび水害に見舞われたそうだ。衛生的にも問題とのことで、行政が公共の公設市場へと発展させてきた。島らっきょうから始まり、アグー豚、サイケデリックな魚介類、海へび、ハブ酒などもそろう。しかも、この市場の2階では購入したものを調理してくれる食堂街が設置されている。1人500円で調理してくれるのだ。何となく高知にひとめ市場に似ている。まさにアジアンマーケット。 豚の足が色っぽい。
ばかでかい夜光貝のお刺身とバター炒め、名前を忘れた白身魚の塩煮とお刺身、アグー豚の塩胡椒焼き、ワタリガニのチリソース炒めと食べきれない程注文してしまった。
抜群に美味しかったのが夜光貝のお刺身とワタリガニのチリソース炒め、そしてアグー豚。
白身魚のお刺身は大味でうま味が少ない。日本海の魚に慣れ親しんでいるものからすれば少し物足りない。夜光貝はアワビのような食感であるが、味は非常に淡泊。ワタリガニはかに味噌とチリソースの相性が抜群に良い。ご飯が何杯でもすすむ。アグー豚は赤身にうま味が乗り、脂も上品。焼くより煮付けが旨いと思った。男性5名が食べきれないほどを注文してしまった。酒は泡盛古酒。
(176回目) 沖縄社員旅行No.1
やってきました2年に1回の社員旅行!
今回は厳正なる社員投票の結果、沖縄に決定。うわさでは香港とかなり熾烈な争いがあったとのことだが、私が口を挟むとややこしくなるのでスタッフにすべてお任せです。
初めての沖縄。10年ほど前に以前の会社を辞めて大阪からフェリーで沖縄〜台湾へと渡る計画をしていたが、台湾大震災があって急遽上海へと変更してやむなく断念していた。10年来の念願かなってか、楽しみである。
国内旅行ということもあって今回はパートさんの参加率も高い。
社員旅行といっても団体行動は全行程2泊3日の中日1日だけ。あとは全くの自由行動という、おおよそ社員旅行とはかけ離れた旅行が丹波ワインらしさ。自分で決めて自分で行動。上司は楽ですなぁ〜。
那覇空港に到着。日本語の看板はあるが、何となく日本らしくない…。屋根の色や家のたたずまい、草木etc。台湾+ベトナム+中国+日本というような第一印象。
早速単独行動。一人モノレールに乗って首里城へ。城下から小高い山を登っていくと城壁と門が立ちはだかる。日本のいわゆるお城とはかけ離れたたたずまい。琉球王朝の王城で、古来から中国との交易と朝貢を行い、日本本土が鎖国時代、薩摩藩と唯一交易し、中国との中間貿易を行っていた王国。城を登って正殿前の御庭も紫禁城そのもの。江戸末期の廃藩置県とともない、琉球王朝が滅亡。無理矢理日本化されてしまった。となると、ここは元外国なのである。第一印象が間違っていなかったことに気づく。日本は無茶をします。どさくさに紛れて450年も続いた王国を滅亡させてしまったのです。日本のお城は海に向かってではなく敵に向かってそびえ立つところが多いが、この首里城は海にむかって建っている。島国であったので、敵は同じ島ではなく海からやってくることの方が多かったようだ。
その足で沖縄県立博物館へ。モノレールの「おもろまち」という駅の近く。「おもろまちって…」と関西人ならちょっと期待しながらツッコミたくなる駅名。
このあたりは新都心といわれ、元米軍基地であった場所が返還(元琉球王国だったのに日本へ返還というのもおかしい話しだが)され、大手資本が投資を行い、一大商業エリアになっている。ブランドショップが立ち並ぶ。
その外れに博物館と美術館が併設されている。博物館では沖縄、琉球の生態学のルーツや文化、風習などが陳列され、沖縄の歴史を一目でわかる便利な館。
色々学んでいくと、本土に入ってくるメディア情報とは少し違った印象の沖縄。アジアな感じがプンプンします。
(175回目) 新潟へNo.2

翌日、9時にホテルを出てカーブドッチと同じ敷地にあるフェルミエへ。2006年にカーブドッチのワイン経営を学び、脱サラで本多夫婦が立ち上げたワイナリー。まだ30歳半で、レストランとワイン造り両方を行う。この日は奥さんにご案内いただいた。自園ではカベルネフランとアルバリーニョのみ栽培。他はすべて契約や購入葡萄で醸造を行っている。年間生産量1万本。最初から設備などはすべて自前で購入し、1万本規模のワイナリーとしてスタートさせた。自園の面積は0.4haであるが、徐々に増やしていき、購入葡萄の比率を下げていくとのこと。土壌は砂。かなり深いところまで砂質のため、毎年追肥は欠かせないとのこと。ここでも仕立てはかなり低い位置のフルーツゾーン。私にはピッタリだが、収穫は少しきつそう。畝幅は軽トラックが走れる幅なので、荷台に座りながら収穫?降水量は佐渡島の影響で地中海のような気候になり、ほとんどないとのこと。
蔵内は10畳ほど。タンクもこの広さに合わせて注文。縦長のステンレス5klが8本程度。木樽ではシャルドネ、カベルネフラン、カベルネソーヴィニヨンのみ熟成。シャルドネは樽発酵、熟成、シュールリーを行うとのこと。アルバリーニョは2008年から収穫を始め3月下旬に発売開始とのこと。まだボトリングされていなかった。残念!昼食、ワイナリー併設のレストランでピザを食べる。美味い!ワイン造りの繁忙期とレストランの繁忙期が重なって大変そうだ。
全体的にカリフォルニアナパバレーの雰囲気満載のカーブドッチとフェルミエでした。

(174回目) 新潟へNo.1

早朝6時に家を出て、名神から北陸自動車道へ。大津付近で若干車の多さが目立つが、米原以北は至って順調に。福井県SAでうどんをすする。社員の土日の高速道路割引を利用して新潟へ。
岩の原葡萄園は上越ICで降りて車で20分程度。積雪量は150cm程度。Shopでは自社ワインとともにグッズや菓子類を若干販売。セラーは昔ながらの蔵で、雪室に冬期の間に雪を入れ、その冷気で蔵の温度を下げる。国の登録有形文化財に指定されている。(明治31年築)レストランも併設されているが、冬期は休業とのこと。無料試飲は新酒の2タイプのみ。Shopにて300円で有料試飲。(vintage2006…マスカットベリーAとカベルネフランのブレンド)を試飲。バランスよく、ベリーAの香りが若干感じられるものの、上品な樽香で美味くバランスがとれている。
畑まで車で移動。が、雪に閉ざされて行けない…。何とか雪の壁を乗り越えようとするが、埋もれるばかり。フルーツゾーンが何とか雪の表面から出ているだけで、あとはすべて雪に埋まっている状態。
春日山城が近くにあるのでちょっと寄ってみることに。途中、蕎麦屋で腹ごしらえ。越前蕎麦の3種盛(白、ふつう、田舎風)。香り、コシともに普通のものが一番美味い。ダシも上品に効いていて、なかなかのもの。天ぷら、そばがきも注文したが、そばがきが少し柔らかすぎていただけない。

上杉謙信の居城、春日山城はすでに天守閣はなく、城跡のみ。しかも、積雪のため、春日山神社までしか行けない。神社も雪で押しつぶされないようにトタン板で周りが覆われている状態。近くの道路はおおむね除雪されているが、こういった観光地や山地は全く手つかず。道路の名残さえも確認できない状態。仕方なく神社でお参りして帰る。
再び北陸自動車道で1時間ばかり走り、巻潟東ICで降りる。ICからカーブドッチまでおよそ30分。入り口はナビでないとなかなか発見できないような細い道路。看板も小さい。舗装もされておらず、ロワールの田舎道のような雰囲気。細い道路の横には低い位置で仕立てられたぶどうの木々。岩の原と異なり、この付近はほとんど積雪がない。ただ、雨が降っていたので、道路は水たまりでボコボコ。すれ違いもできない程の狭い泥道を、観光客がとぎれずにやってくる。目当てはワイナリーではなく昨年4月にオープンしたSPA(温泉)施設。
ワインショップはこぢんまりとしているが、輸入食品や輸入雑貨が多く、ナパのワイナリーの雰囲気を醸し出している。オーナーの意向が非常に良く伝わってくる。(近隣をナパバレーのようにしたいとのこと)ここでもワインは有料試飲。グラス1杯100円。隣接してレストランやパン工房、ソーセージ工房、ビール工房があり、地下はディスプレー用のワインセラーがある。

時間があったのでSPAへ。今回の目的の1つ。ワインショップや工房はお客が少なかったが、SPAは老若男女、子連れで、家族、友人知人すべてが勢揃い。近くの駅から送迎バス(マイクロ)が1日3往復されている。施設内は温泉に始まり、和食レストラン、エステ、マッサージ、アロマ岩盤浴、整体、ネイルコーナー、リラクゼーションルーム、ヘアーサロンetc。女性が好むと思われる施設満載。マッサージは人気があり予約制。この施設、入館料(入湯料)で1,000円。1日今の時期に300名以上は来ている様子。そもそもこの施設、カーブドッチの経営ではなく別資本で、しかも一般客から出資金(1口50万円)を募って経営を行っているとのこと。ほっこりしたところでホテルへ。燕三条駅近く。夕食に海鮮モノを探したが、どこも満席。4件目にしてようやく日本海庄やというチェーン店に入り、地元の魚と酒を堪能。しかも締めはラーメン。ちょっと食べ過ぎた。
(173回目) 飲み続けから漁へ

夜中まで飲み食べ続け、早朝4時から置網漁へ出航。漁師さんの船に乗せてもらって、初めて定置網の漁を体験させていただく。2,3時間の睡眠でパッチリ目覚める。コーヒーで一息入れていざ出航!
内海は揺れが少ないが、外海に出るとさすがに揺れる。ブイの並んだ漁場で2艘の船が徐々に網をたぐり寄せ、幅を縮めていく。魚の回遊する修正を利用した古来からの漁法で、魚を傷つけずに漁獲できる。が、最近は越前クラゲで折角とれた魚やカニがクラゲの重さで圧死してしまうことも少なくないとのこと。クラゲの重さは200kg…。
昨夜料理をしてくれた浦谷氏が定置網の網元で、漁師さんでもある。船に乗ると昨夜と顔つきがまったく違う、男の顔。すばらしい職人さんだ。
私と同行の竹とりの加藤社長は揺れる船で少し酔いながら、ガッチリと船にしがみつきながら眺めているだけ。2時間ばかりで漁がおわり帰港。
サバ、スズキ、タチウオ、ヤリイカetc。
夜明けとともに船で帰る港はなんとなく心地よい。

(172回目) 夜中まで食べ続け
フニャフニャ動くイカ刺し。お箸で押さえるとほんのり色が変わる。京都吉兆の徳岡会長と長谷部長に連れて行っていただいた小浜の「うらたに旅館」。以前からお誘いをいただいていたのだが、なかなかスケジュールが合わず、今回初めて参加させていただいたのだ。
フグのテッサに始まり、チヌ、サバ、メダイの造りにヤリイカの姿造り。焼きフグに唐揚げ、カニ刺し、焼きガキ、鍋、雑炊と食べきれないほどの新鮮な魚介類が次々と。おまけに吉兆オリジナルの清酒と丹波ワインとお酒も飲みきれないほど持ち込む。この旅館の浦谷氏が定置網の網元で、朝採れた魚を出してもらえる、究極の新鮮な魚のオンパレード。
特にチヌは脂がのり、口に放り込むと程よい歯ごたえと同時に脂のうま味が口の中へ「ワッ」と広がる。
「チヌは本当は冬の前が脂がのって美味しいんだけど…」と旅館のご主人の浦谷氏。正月明けでも充分脂がのって美味い。鮮度感と旨さの絶妙なバランスは京都市内では絶対に味わえない。清酒やワインとの相性は最高。
持ち込みの丹波ワインシャルドネもグビグビすすむ。
おかげで夜中0時までチビチビつまみ食い飲み至福の時間。日が変わるのが惜しい!ごちそうさまでした。
(171回目) 隠れ寺
寒い京の夜。コラーゲンたっぷりの地鶏の水炊きを鞍馬口にある「竹とり」で食べ、近くにある禅宗のお寺へ。ここのお寺、竹とりの加藤社長に教えていただいた。
ひっそりとした東西の通りに面しているお寺で、入り口は少し中国風の門。この入り口からは中の様子は全くうかがえない。入り口を入り、駐車場を通り、「防犯カメラ作動中!」という看板を横にそれると、なんとまぁ上のようなライトアップされた本堂が伺える。
回廊の両側にはガラス張りのテーブル席。まるでフレンチやイタリアンでも出されそうな雰囲気であるが、ここはお寺。黄檗禅宗の流れをくんでいるので、当然普茶料理。
本堂の右側には庭が一望できるガラス張りのカウンターバーが…。もはやお寺というよりモダンジャパネスクバー。
四季をうつろう景色を眺めながら、人間が自然を感じ、自然の中でお酒をお相伴にあずかる、というのがバーのコンセプトとのこと。バーであっても普茶料理の考え方が踏襲されているところが非常に興味深い。
何とも京都は奥深いです。まだまだ知らない場所がたくさんありそうで、年始からワクワクした気分です。
(170回目) 焼き芋

冬の農園作業者の特権、「焼き芋」。剪定した枝を燃やしながらアルミホイルにつつんだ金時芋も放り込む。
剪定作業をしながらしばし待つ。畑に良いにおいが漂います。30分ほどでできあがり。
粉雪舞う寒空の畑で食べる熱々の焼き芋ほどごちそうはありません。今年のバカ旨第一号に認定です。
思い出すのば中国の郑州市にある少林寺で食べた焼き芋。みぞれ雪の中、観光で訪れた少林寺の門前に、ドラム缶の焼き芋売り。もう何日も暖められている芋の中は濃厚な蜜状態。そこらあたりのスイートポテトは完敗。5本も立て続けに食べたのを思い出しました。
明日は何を焼こうかな?




